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2019年1月30日 (水)

H31公開講座「鎌倉常盤山自然観察会」

実施日:平成31年1月23日(水)
会場:鎌倉常盤山と鎌倉山
講師:森林インストラクター 久野正樹氏 大橋泰雄氏 湯浅泰博氏
参加者:参加者25名 サポートスタッフ7名

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天気に恵まれ、晴れた1日となりました。
今回は常盤山緑地を訪ねました。観光ルートではない住宅地を縫って、ひっそりとした佇まいの史跡、静寂に包まれた緑地、尾根道では眺望も堪能しました。鎌倉山檑亭では「そば定食」堪能し、眺望や庭園も楽しみました。

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大仏切通(国史跡)
常盤・梶原・藤沢を経て武蔵に通じる要路として利用されていました。トンネルが開通してからは利用されなくなりました。途中に羊歯に覆われた「やぐら」もあり、旧状をよく残しています。
*切通:中世都市鎌倉は一方が海に面し、三方を山に囲まれた要害の地です。市街地と外部の往来は「切通」という山道でした。
西から、「極楽寺坂」・「大仏切通」・「化粧坂」・「亀ヶ谷坂」・「巨福呂坂」・「朝夷奈切通」・「名越切通」の七口です。

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交通路ですが、経済・軍事的にも重要な地点でした。山稜は凝灰岩泥岩が中心で、加工しやすく、崩して都市開発に利用したり、「やぐら」を設けたりしています。禅寺の庭の風情も醸し出しています。発掘調査では、切岸・平場・堀切など防御的遺構が見られます。切通の外側には、北条氏の有力な一族の屋敷(常盤亭もその一つ)を配し警備に当たらせました。そこには葬送・祭祀、石切り場、石塔制作跡、鎌倉石の生産などの遺構も発掘されています。
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*やぐら:山裾を人工的に切り落とした切岸と呼ばれる崖に彫り込まれました。方形の岩窟で、五輪塔などの石塔が納められました。供養の場の仏殿としての機能と共に、遺骨(焼骨)を埋葬することもありました。13世紀後半から造営が始まり、約2百年に渡り数千基が造営されたようです。

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羊歯植物
植物が地上に上がって来た4億年前から存在し、恐竜時代には肥大生長し、堆積したのが石炭です。鎌倉の切岸の崖地に多種の羊歯が見られます。イノデ、リョウメンシダ、コモチシダ、イワガネソウ、ジュウモンジシダ、ノキシノブ、ベニシダなどが見られます。

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キチジョウソウ(吉祥草・キジカクシ科)
赤い果実がのぞいてます。家に植えておいて花が咲くと縁起がよいといわれるので、吉祥草の名があります。地下茎が長くのびて広がり、細長い葉が根元から出ます。

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常盤亭跡(タチンダイ)
鎌倉市役所からトンネルを抜けた地区は常盤と呼ばれています。山奥で常に緑に覆われていたので常葉という名が付き、いつしか常盤と表記されるようになったそうです。

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常盤山の麓には、北条氏常盤亭跡(国史跡)が有ります。北条政村(鎌倉幕府7代執権)や、連署北条(塩田)義政などの邸宅があり、将軍を招いて歌会を開いた記録(吾妻鏡)もあり、文化サロン的な所でもありました。発掘調査では、礎石建物跡、銅製水滴・硯・中国陶磁器などが発見され、14世紀前半に焼失した(鎌倉幕府終焉)と推定されます。

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周囲は南向きの谷戸を切り開き平場として、寺院(法華堂・常盤寺)・屋敷に利用されたようです。大仏切通の警護の目的もあり、市内へは、仲の坂・東坂から大仏切通を抜けて向かいました。政村の屋敷跡は「タチンダイ」と呼ばれています。館のあった台地(館の台)、とか立ち見台がなまったものと推察されています。

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常盤山緑地
広町・台峯・常盤山は自然が残る三大緑地と言われています。古都保全法に基づく緑の保全区域です。鎌倉市内を囲む山並みの一つである、大仏ハイキングコースから西に大きく張り出した尾根が常盤山緑地です。

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そこから西に向かい、野村総合研究所跡地に出ます。今後は再開発が予定されていますが、自然との調和が課題でしょう。
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峯山という見晴台が有り、富士山・箱根・鎌倉の海などが一望できます。常盤亭跡地の谷戸からの数本の上り口もあり、古くからあった道と推測されます。太いヤマザクラも見られ桜の時期が楽しみです。下ると梶原地区に出ます。

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タイワンリス

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1935(昭和10)年伊豆大島から逃げ出し、鎌倉市でも繁殖し、駆除対策を行っています。ニホンリスが駆逐され、小鳥の巣が襲われる、収穫前の果実、左図のように樹皮をはがして食べるなどの被害が絶えません。2005(平成17)年「外来生物法」で「特定外来生物」に指定されました。

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笛田
鎌倉山へなだらかに上る地区が笛田です。小川の畔に生える葦の葉が風に吹かれて鳴る様子、ヨシ竹という珍しい植物が生えていて、その茎で笛を作ると美しい音色がした、笛のような形をした田圃が並んでいたなどが名前の由来だそうです。谷戸の中ほどにはまだ水田が残っています。

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夫婦池
江戸時代天領の頃に代官の成瀬五左衛門重治が笛田村に灌漑用水として下池を掘らせました。その後笛田・手広の住民により中央の堤が建設され、上下一対の池を称して夫婦池と呼ばれています。桜が有名で、ヨシの群生、湿地の草花、野鳥も飛来し、鎌倉の隠れ家的公園です。

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ハンノキ(榛の木)カバノキ科
湿原のような過湿地において森林を形成する数少ない樹木。根粒菌と共生しており空中の窒素を固定してもらえるので、湿原の貧栄養の土壌でも育つことができます。良質の木炭になり、さかんに伐採されました。水田の畔に稲のはざ架け用、川岸に護岸用に植栽。最近ではフィトンチッド効果から消臭・抗菌などの製品が商品化されています。冬に落葉した枝には、雄花が房状についているのが見られます。

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鎌倉山
夫婦池から上がったところに、1935(昭和10)年に建てられた鎌倉山碑が有ります。碑面には鎌倉山開発の経緯が記されています。
ドイツ人マイスナーの助言により日本で初めて丘陵式住宅地として造成され、1928(昭和3)年に分譲が開始されました。昭和初期には、政財界や芸能界の豪邸が建ちました。テニスコートやゴルフ場、海水浴行乗合自動車、帝国ホテル分店など、高級住宅地としての施設がと整っていました。南に相模湾、西に富士山が眺められ、「散歩するのに良い鎌倉の山道」を略して「鎌倉山」と名付けられたとも言われます。

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檑亭
1928(昭和3)年鎌倉山の中心日本で最初の開発分譲別荘地の中にあります。個人の別荘として歴史を重ねてきた建物を生かし、1969(昭和44)年に蕎麦と懐石料理の店が開店しました。本館と山門は2013(平成25)年、国の登録有形文化財に指定されました。本館は江戸時代の建築で、横浜戸塚の豪農猪熊家の旧宅を1929(昭和4)年に移転改築したものです。昭和初期のステンドグラス、シャンデリアなど和洋折衷のモダンなものです。門は、鎌倉西御門にあった高松寺の山門(1624年建立)を移築したものです。昼食は、蕎麦定食を堪能しました。

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鎌倉山からは、江ノ島や富士山を眺め、充実した1日となりました。
(事務局 檀野)

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