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2018年10月

2018年10月26日 (金)

H30 専科コース 「八王子城山」

実施日:平成30年10月25日

会場:東京都八王子市 八王子城跡
講師:ローカライズプロダクション 代表 大内征氏
テーマ:戦国時代の山城探訪
参加者:参加者18名 サポートスタッフ1名

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今回は低山トラベラー・大内征氏に八王子城山を案内していただきました。
大内さんは、低山紹介の本を出しています。
「低山トラベル とっておき低山30座の山旅ガイド」
「とっておき! 低山トラベル 関東平野を取り巻く名低山31座」

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八王子城は、小田原北条氏が築いた関東屈指の山城です。時は戦国時代、小田原北条氏は伊豆から勢力を伸ばし、小田原を拠点に南関東を勢力を伸ばしていました。上杉謙信や武田信玄とも争っていました。北の拠点として強固な山城を築く途中で、豊臣秀吉の関東制圧の一環で、前田利家・上杉景勝軍に攻められ落城しました。この落城が決め手となり、小田原北条氏は滅亡します。
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城郭は壮大で、城下町に当たる「根小屋地区」、城主の館があった「居館地区」、戦闘時に要塞となる「要害地区」に分けられます。江戸時代の城は、平地につくられ、天守閣がありますが、戦国時代の城は、山の地形を利用したもので、天守閣のような建物はありませんでした。

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八王子城山を紹介するガイダンス施設で、大内さんから北条氏や八王子城山の解説を聞いて、理解を深めます。

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本丸目指して登山開始です。

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山道は急峻で息が上がります。城を攻めるには、山を登るところから大変です。


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途中には「曲輪(くるわ)」と呼ばれる、土塁で囲んだ平らな場所があり、ここで兵が駐屯し、敵を打変え打ちました。金子曲輪・小宮曲輪・松木曲輪など、いくつもの曲輪が敵の侵攻を迎え撃ちました。

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一気に登ると、見晴らしのいい場所ありました。当日は新宿のビル群がやっと見える程度でしたが、天気が良ければ房総半島まで見えるそうです。

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八王子神社:山頂には、城の守護神とした「八王子権現」が祀られた神社です。昔、妙行が山中で修業をしている際に出現した牛頭天皇と八人の王子に会ったことで「八王子権現」を祀ったといわれます。

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本丸跡:城の中心で最も重要な曲輪です。スペースが広くないので、天守閣などの大きな建物はなかったと考えられています。

昼食は松木曲輪で、隣の高尾山を眺めながら。食後は山城を下り御主殿へ

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曳橋:大手門から古道を通って御主殿に向かいます。御主殿の手前には「曳橋」が城山川に架かっています。当時は簡単な木の橋が架かっていて、この橋を壊すことで敵の侵入を防ぎました。

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虎口:橋を渡って、御主殿までの通路は、高低差9mのコの字に曲がった登り階段で、防御の拠点となるような工夫が凝らしてあります。

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御主殿跡:建物柱の敷石が残っています。主殿、会所、庭園などがあったようです。

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御主殿の滝:落城時に御主殿にいた北条方の武将や婦女子らが、滝の上流で自刃して、次々に身を投じ、その血で城山川の水は三日三晩赤く染まったと伝えられています。

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戦国時代の山城に登り、歴史を感じた一日でした。

(檀野)

H30 入門コース 第12回「自然の恵みでアウトドアクッキング」

実施日:平成30年10月23日

会場:川崎市黒川青少年野外活動センター
講師:川崎市黒川青少年野外活動センター 所長 野口透 氏
テーマ:目からウロコのバーベキューテクニックを学ぶ
参加者:8期生 10名 聴講生 1名 サポートスタッフ2名
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野外活動入門として、バーベキューテクニックを学びました。炭の扱いと、肉や野菜の焼き方を中心に。日常では炭は使いませんが災害時には役に立つ技術ですね。

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着火:炭に火をつけるには、チムニースターターが有効です。煙突効果を使った、下に新聞紙を入れて火をつけると30分で火が起こります。

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炭の配置:均等に並べるものではありません。斜めに積んで半分くらいは炭を置きません。高く積んだところは強火、境目は中火、炭の無いところは弱火。焼くものによって火加減を調整できます。手のひらを、網の上15cmに置き耐えられる時間で温度を確認します。

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お肉:ペッパーステーキ・チャイニーズグリルチキン・ハワイアンポークリブの3種。手のひらより厚いお肉は、始め強火で表面を焼き、その後は弱火でじっくり焼くことで、ジューシーな出来上がりに!

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野菜:ミニトマト・ナス・シイタケ・ピーマン・長ネギ。どれも切らずに丸のままでグリルします。ミニトマトとピーマンにはオリーブオイルを塗ること。切らずに焼いた野菜は水分が逃げないのでジューシーでとても美味しい!

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シニアの皆さんも、デモンストレションをまねて、チャレンジ。
次々に焼いて、どんどん食べる。なぜかせっかちになってしまいます。
これも美味しいからなのでしょう。
まさに「目からウロコのテクニック!」

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デザートにバナナとパイナップルも。フルーツのグリルも一味違う甘さを堪能できました。
午後からは、青竹バームクーヘン。

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青竹に生地を塗って焼いて、生地を塗っては焼いてを繰り返し、ゆっくり育てていきます。

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なんと市販に負けないバームクーヘンが焼き上がりました。その場で焙煎した炒りたてコーヒーと共にいただきました。なんとも豊かな時間です。
今回、BBQとバームクーヘンを作りながら、コミュニケーションが広がり、手間を掛けながらの豊かな時間を楽しみました。(檀野)

2018年10月24日 (水)

H30 公開講座 「戸塚俣野自然観察会」

実施日:平成30年10月19日

会場:横浜市戸塚区俣野地区
講師:森林インストラクター(神奈川シニア自然大学校修了生)
    久野正樹氏 大橋泰雄氏
参加者:15名 サポートスタッフ3名
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旧東海道宿場の戸塚宿―藤沢宿の西斜面にある、横浜市戸塚区の俣野地区を巡りました。境川沿いに鎌倉街道が通り、昔から開拓された農業地域です。宇田川沿いの寺社には、横浜市指定の名木古木が多く、流域には市民の森などの林地が広がります。見晴らしのよい丘陵地の公園から、里地を抜けると、瀟洒な庭園のある俣野別邸があります。昼食は横浜名物崎陽軒のシウマイ弁当をいただきます。

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鎌倉権五郎景政:平安時代後期の武将で、相模国鎌倉群を領して鎌倉氏を称しました。源氏が関東で基盤を固める以前の平安後期に、鎌倉一帯を支配していたのが鎌倉氏でした。製鉄技術によって発展した武士団といわれています。鎌倉時代に活躍した大庭、俣野、梶原の各氏は景政の子孫で、いずれも地名にその名を残しています。強烈な個性と超人ぶりは、歌舞伎十八番のひとつ「暫(しばらく)」の主人公としても親しまれています。

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五霊神社:鎌倉権五郎景政など五柱を祭神として祭ります。境内には、モミ・スダジイの古木があります。

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宝寿院:境内にはシダレヤナギ・イチョウの古木があります。イチョウの葉の半分は枯れています。これは台風24号で海風が吹きぬけた為の塩害です。今回、このような塩害や大木の倒木が見られました。

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まさかりが淵:宇田川沿いの心地よい樹林道。滝には、まさかりを落とした男の伝説が伝わります。サクラに花が咲き、新芽が出ていました。これも、塩害の影響と思われます。

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専念寺:鎌倉権五郎景政が心を込めて祈ったところ、合戦で受けた目の傷が癒えたという伝説のある「深谷目薬師」と呼ばれる薬師如来があります。

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三嶋神社:文治(1185〜1190)年間に梶原景時が創建したといわれています。景時の祖である鎌倉権五郎景政を祭神としています。境内には、モミ・ヒノキ・スダジイの古木があります。

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福泉寺:鎌倉街道・宇田川沿いの寺社は歴史が深く名木古木が多いです。サルスベリ・タイサンボク・イトヒバ・モチノキ・シラカシ

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俣野の里地・里地:丘陵地に横浜野菜の畑が続き、視界も開けのんびり出来ます。雑木林も懐かしく、横浜市内にまだこんなところが残っているのだなあと安らぎます。

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俣野別邸庭園:旧住友財閥の当主住友家が昭和14年に別荘として建築しました。建築は昭和初期のモダニズムの流れをくむハーフテインバースタイルを基調とした和洋折衷です。邸宅の周囲は、クスノキ・ケヤキなどの大樹に囲まれ静かな風情です。2階からは天気が良ければ富士山などが望めます。下の広い庭園には四季折々の草花が咲きほこります。

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季節柄、実りの秋を感じながらの散策でした。(檀野)


 

2018年10月22日 (月)

H30 入門コース 第11回 「森海里連環学」

実施日:   平成30109

会場オーシャンファミリー海洋自然体験センター
フィールド: 葉山 長者ヶ崎海岸
講師:   NPO法人 オーシャンファミリー海洋自然体験センター 代表理事 海野義明氏
テーマ森海里連環学~葉山で森と海のつながりを感じる~
参加者受講13(8:12, 聴講:1), スタッフ:3

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本日は,  オーシャンファミリー海洋自然体験センターの海野先生に, 森と海のつながりについて伺います。会場は、築100年以上の元網元の古民家を活用。森と海の繋がりの話を聞きました。午前は浜辺でのビーチコーミング、午後には魚捌き実習とBBQで一日海の魅力を満喫しました。!

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森の養分が海産物にとって重要なことを昔から漁師さんは感じていました。気仙沼湾でのカキの養殖のための「森は海の恋人」運動は有名です。ここ葉山は, 緑豊かな山が背後にあり, 海に迫っているので, 海と森とは非常に強く結びついています。本日は近くに川のある長者ヶ崎海岸を歩き, 森が育む海を実感します。

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出がけに子供たちが海岸で拾ったヤギの説明。サンゴ色で見事な枝ぶり。台風の贈り物です。

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葉山公園で海抜約8メートルの眺望台から相模湾全体を見渡します。右手()には逗子・鎌倉・江の島が, そしてはるか沖合には伊豆半島が, また左手()には三浦半島先端が見えます。この眺望が昔の人々に“湾”だと思わせたと納得。振り返って間近に迫る山々を望めば, 北には仙元山を始めとして大峰山と阿部倉山, 南にかけては多くの低山の連なり。葉山では海岸線が約4kmに対し森の奥行が約6kmもあります。すぐ近くに下山川や少し北に森戸川があり, 大量の森の養分を海に運びやすい地形です。

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ビーチコーミング: 海岸を長者ヶ崎の方向に向かいます。

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早速, 満潮時の海岸線にワカメの塊を発見。ひっくり返すと, 元の砂地には無数の小穴。ハマトビムシが棲み隠れています。海岸の掃除屋とも呼ばれるハマトビムシが, 数日でこの塊をかたづけている最中の事でした。

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小穴がぼつぼつと開いた大きな石を割り始めます。この穴はセンコウガイという貝の住処。実際に内部には貝殻が薄いながらも表面がざらざらした貝がいます。天敵のヒトデから身を守るために酸を出して石を溶かし, 自分自身の貝殻表面のざらざらで穴をえぐって大きくしてその中に棲むのです。エサは海水中のプランクトン。よって, プランクトンの豊富な海でないと生きてはいけません。

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 満潮時の海岸線跡近辺を散策しながら珍しい物や, めぼしい物を探します。目立つのはワカメや貝。貝の種類には, レイシガイ, オミナエシガイ, タカラガイ(コヤスガイ), オオヘビガイ など。浜辺なのに巻貝系を結構多く発見できるのは磯が近いからでしようか。

 

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分類: これから各人が収集した獲物を 海の植物, 海の動物, 陸の生物, 人工物, 分類が不明の物 の5種類に分類します。

Spa090199海の動物: 海綿, ヤギ, (イワガキ, アワビ, クロアワビ, トコブシ, イトマキガイ, シラトリガイ, アカガイ, オオアサリ(=ウチムラサキ) , マツバガイ, サルノカシラガイ, マガキガイ, センコウガイ, カモメガイ, サザエ など), ムラサキウニの殻, カニの甲羅, 生きたサザエもいます。

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海の植物: 石灰藻, ミル(=海松), アラメ, カジメ。 茶褐色の海藻, 短く先端が二股なのは浅い所のアラメ、波に負けないように茎は短く葉を広げる戦略をとっており, 一方, 茎が長く先端が分かれていないのは深い所のカジメ、明るい所へと茎を伸ばす戦略だと伺いました。

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人工物: カキの養殖用パイプ(各地では漁業協同組合が回収に尽力中), 高圧電線の碍子部(金属部が回収された後に河川に廃棄された部分) ガラスの破片: 非常によく磨かれており, 鋭く尖ってはいません。 昔は再利用できない物とか不要な物を河川に捨てたからだとの事。加えて災害などでも河川に流されます。それらは全て海に流れ着くのです。道理で電柱の絶縁碍子なども打ちあがるのです。

 

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葉山で有名な海産物と言えばシラス。葉山では一艘の漁船による一艘引という漁法で採っています。他では二艘引という漁法です。二艘引よりも効率が悪いのですが、一艘引では一網内のシラスが少ない為, シラスが呼吸困難に陥らず, 二艘引に比べ活きの良いシラスが採れるのです。


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和船: 船体はスギ製。櫓の本体はアカガシ製。海水に近い比重のため、浮かずに漕ぎ安くなります。櫓の支点部には、ウバメガシとビワを使い、船体の外板の目地にはマキの皮を防水材として使用しています。昔の漁師は、船を作るためにも山に色々な樹を植えていました。

 

 ここで受講生から質問!!

1. なぜ葉山には定置網漁が無いのか? → 海野先生も今まで考えた事が無かったので想像ですが, 磯浜間隔が狭く繰り返す地形のため定置網を仕掛け難いのは勿論, 磯浜単位で分離されているため 各海域での独立心が強く他海域との競合はあっても協力/協業はなかったからではないか, との事。シラス一艘引漁法もそのような理由ですかね?

2. 満月時期には漁を休んだとの事だが, どうしてか? → 特定個所でのみ漁をし続けるといずれその領域の獲物が少なくなるが, 一旦休む事により他海域から獲物が集まる。それを待ってから再開する方が良いからではないか との事。

最後に海野先生いわく, 森が海を育てるように, 良い質問は講師を育てる!!

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昼食: 本日はシラス漁がなく, ねばねば丼に変更。マグロ, トロロ, オクラ, アカモク, ウズラの卵などを盛り, もみ海苔のかかった丼 と 味噌汁(具は, 豆富とワカメ)。それに自家製のミニトマト, ナスの浅漬け, 大根の浅漬け。ねばねば丼の具のアカモクは最近注目を集めている海藻です。アカモクは昔から食されていた地域と知られてはいない地域とがあるという, 不思議な海藻です。

 

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午後は、魚のさばき方。アジ、イワシ、カマスなど用意していただいた地魚をさばきました。手順に沿って慣れない手つきで、何とか三枚におろすことができました。魚の骨の付き方を把握することがポイントでした。

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BBQ: 鉄板に油をひき, 網に酢を塗り, 準備万端。 さばいたアジとカマスをそばに置き, 網と鉄板とが十分に熱せられたらいよいよ焼きはじめ。もう既に一杯やっているメンバも多く話が弾んで和やかなBBQ。 ところで, 魚を焼くと焼き崩れが心配ですが、魚に酢を塗ることで、鉄板や網に身が付かなくなり, 大変具合が良いです。海を知り、海を味わい、満喫の1日でした。                                                              (文責 紺谷(7期修了))

 

2018年10月13日 (土)

H30 共催 「鎌倉ハム工場と六国見山」

実施日:平成30年10月5日

会場:北鎌倉・六国見山麓・長窪切通・高野切通・鎌倉ハム工場
講師:森林インストラクター(神奈川シニア自然大学校修了生)
    久野正樹氏 大橋泰雄氏
参加者:20名 サポートスタッフ3名

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日本セカンドライフ協会とのコラボイベントで、北鎌倉から旧鎌倉街道中道沿いを大船に向かい、鎌倉ハム富岡商会の工場見学をたのしみました。

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北鎌倉の裏路地は、生垣、竹垣の鎌倉らしい風情です。

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光照寺:時宗の開祖一遍が、鎌倉入りの際に巨福呂坂を守る武士に鎌倉入りを止められてやむを得ず行く先を江ノ島にする途中、野宿したところが現在の光照寺であると言い伝えられています。近世には周辺の小袋谷村に隠れキリシタンの集落が存在し、光照寺が庇護していたという伝承が残ります。山門の欄間には中川氏の家紋のひとつである「中川クルス紋」が掲げられています。
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八雲神社:山之内上杉氏と扇谷上杉氏が争っている時、上杉憲房が武運長久を祈り、疫病が流行しない事を願って、京都の八坂神社を移したといわれています。神輿庫裡の後ろに、寛文5(1665)年の高さ136cmの庚申塔があり、鎌倉最古、最大のものです。

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横須賀線の脇には、むき出しの地層が現れます。野島凝灰質砂岩シルト岩層です。ラミナ(葉理)が見られます。厚さは250mあり、上総層群に含まる180万年前の地層です。貝殻を含むものも有、海底が隆起したものと思われます。

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長窪切通:住宅地の間に、薄暗く長く続く切通が現れます。鎌倉七口の切通以外に、物流のための作られた切通で、往来もなく往時の状況が忍ばれます。

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高野切通:大船高校の裏道には高野切通があります。こちらも長窪切通と同様、隠れた切通です。

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常楽寺:臨済宗建長寺派で山号は粟船山(ぞくせんざん)。本尊は阿弥陀三尊。嘉禎3(1237)年の創建で開基は北条泰時、開山は退耕行勇です。朽ちた大イチョウは、泰時御手植えとも伝わります。天井には狩野雪信筆の「雲龍図」が描かれています

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本堂の裏には、北条泰時の墓があります。
北条泰時は、鎌倉幕府第3代執権で、御成敗式目を制定しました。

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木曽義高(源義仲の嫡男)の墓と伝えられる塚です。1183年、挙兵した義仲は信濃国を中心に勢力を広げ、源頼朝と対立しました。その後、頼朝に義仲が討たれて、人質だった義高が誅殺されそうになり、義高の許嫁である大姫は密かに逃がそうとします。激怒した頼朝は親家の郎党・藤内光澄に討たせました。義高の死を知った大姫は嘆き悲しみ病床に伏してしまい、母の政子は怒り、義高を討った光澄は晒し首にされました。

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最後は、鎌倉ハム富岡商会の工場見学です。
駅弁で有名な大船軒のサンドイッチ弁当が始まりです。明治32年(1899年)に売り出され、大評判となりハム不足を解消するために、ハム部門を社内立ち上げます。それが鎌倉ハム富岡商会へと発展していきます。
鎌倉ハム富岡商会の歴史や製造行程をスタッフに説明していただきました。昼食は、もちろん大船軒のサンドイッチ弁当をいただきました。 (檀野)


2018年10月 7日 (日)

H30 TEAM はまとぼむし 10月

海岸美化プロジェクト 10月の活動

実施日:平成3010 2

会場:オーシャンファミリー海洋自然体験センター&大浜海岸

テーマ:海岸のゴミ拾い・集計&避難経路の確認

参加者:9

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前日の台風24号の強風が去り、爽やかな晴天下での久々の美化活動です。

7.8月の猛暑月は計画パスで前月の9月が荒天で中止だった為、6月以来本当に久しぶりの活動。


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参加者は、ごみ収集のやり方、分類要領、記録の取り方、フォーマットの記載項目等々ほとんど忘れています---さすがシニア集団…。



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そして当日のグループ分けは、今までは3人1チームでしたが、皆さん自信がなく4人1チームでスタート。



海岸では台風の影響で 大量のごみ、漂着物と思っていたが、以外と少ない。

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収集開始して間もなく、地元の保育園児がお散歩にきて お手伝いしてくれました。

13人の可愛い園児に先生の『1人10個ゴミ拾うのよ。』『よくできたね、もう10個よ。』で高効率の活動


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収集ごみを一ヶ所に集め分類作業です。収集より時間が掛かります。先ずは大物と数量の多いもの、どんどん分類作業がつづき最後は分類に迷います。



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分類が終わり数量把握のカウントです。食品の包装袋、硬いプラスチック破片等々の数量の多いカウントは忍耐のいる作業です。



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今回の収集では台風の割には大物が少なかった、目に着いたのは、漁網類が多かったこと。



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前回より特に多かったものが、ライター19個、ペットボトルのキャップ245個、プラスチック145個が印象的でした。台風が影響しているのでしょうか?



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そして私が一番期待していた 台風の影響ですごいお宝が打ちあがっていなかった。…残念でした。

お昼休みに はまとびむしの活動時におそろいのベストを という事で皆でワイワイ相談しました。


午後からは活動中の津波を想定した避難ルートの確認です。

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地元に詳しいオーシャンファミリーの海野ママからレクチャーを受け、

海岸から裏山までの避難ルートを地形と海抜を確認しながら海岸沿いの住宅地、高みの別荘地、


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そして隣接の横須賀へ抜ける山道を歩きました。

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今日の参加者の話題になつたのは『最近プラのストロー廃止表明する企業が多くなった』代用品は、紙ストロー、元は葦の茎 又プラの箸の話 等々マイクロプラスチック防止に繋がる話題は尽きません。

今このブロブを作成している最中、ニュースで【セブンイレブン レジ袋有料化検討】とのこと、確実に前に向かっています。

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H30 入門コース 第10回「森の生き物観察」

実施日:平成30925日(火)

会場:川崎市黒川青少年野外活動センター

講師:東京学芸大学 名誉教授 北野 日出男 

テーマ:森の生き物観察 ~脈々とつながる命の不思議~

参加者:8期生11名 聴講生1名 サポートスタッフ3

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午前中は、北野先生より「植物・昆虫に親しむ」というテーマでユーモアを交えて以下のような講義がありました。

 

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・戦時中の疎開体験から、銀行員から大学に入りなおしての生物学者への転身。

・実験用に飼ったいた青虫。いつもは専用に栽培したキャベツを与えていたが、ある日キャベツが無くなり、スーパーで購入したキャベツを与えたところ、青虫が全滅させてしまった。農薬まみれのキャベツを食べていたことに気づいたことから環境教育にも力を入れたこと。

・普段持ち歩いている七つ道具‐ピンセット・方位磁石・ルーペ・スプーン・アイスカップ・試験管・捕虫網・吸虫管・CO2ボンベ・・・

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・相同器官‐進化して形やはたらきは違うが,もともとは同じ器官であったと考えられるもの。(魚の胸ヒレ・鳥の翼・動物の前足) 

・相似器官‐もともとは別の器官であったが,形やはたらきが同じ器官。(昆虫の羽根・鳥の翼)

・その他、植物と虫との関係を実例を交えて種々解説していただきました。

 

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午後は、雨の中フィールドでの生き物探しの実践です。

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皆さん、雨にもかかわらず北野先生の説明を熱心に聞き、真剣に生き物探しに取り組んでいました。

その結果、フィールドを建物の周りに限定したにも関わらず、先生が驚くほどの種類が見つかりました。

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・オンブバッタ




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・ミツカドコオロギ




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・アオバハゴロモ




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・デンデンムシ




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・シロアリ




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・アカアリ




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・クワガタの幼虫




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・モリノチャバネゴキブリ




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・カミキリムシの幼虫の食べ跡

 



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先生に捕まえた虫の解説をしていただいて、悪天候の中無事に終了しました。

 

 文責:西尾

2018年10月 1日 (月)

H30 流域プロジェクト 朝比奈切通と名越切通

実施日: 平成30913()

コース: 朝比奈切通→宅間ヶ谷→鎌倉市子ども自然ふれあいの森→名越切通

テーマ: 古来の主要幹線道路と水の流れとを実感

参加者:7名

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県道204号線から入ると右側に“かやの木”の神木のお出迎え。かやの木を見分けるコツは, 葉をつぶしてグレープフルーツの香りがすれば, それはかやの木。かやの木は碁盤や将棋盤に使われていることは有名ですが, 古来では一木彫の仏像に利用されていました。なるほど神木になる資格は十分にあります。

 


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鎌倉幕府が北条の時代となり人口増加に伴い必要物資が不足しました。ため, 当時の塩の生産地だった釜利谷や六浦との間の路を拡張整備したのがこの朝比奈切通です。鎌倉には鎌倉七口と呼称される外界との重要路が7本ありましたが, 朝比奈切通は2番目に開削されました(1242)。開削開始からわずか一年で完成させたという超突貫工事。何せ開削以来, 天災後の補修や需要拡大に応えるための拡張が施されながら1956年に県道204号線ができるまで800年近くも主要幹線道路でした。

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 小切岸: 路の南側も段々と鬱蒼としてきました。左右とも岩肌に囲まれたので風通しが悪く蒸し暑くなってきました。

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見ると, 右側は, 側溝やノミの跡が解らなくなるくらいに風化しかかった切崖, やぐら群と思しき痕跡, 夏の盛りを過ぎた植物たち, たまに聞こえるつくつくほうし。と, 両脇が高く圧迫されそうな個所を通ります。小切岸と名付けられた場所。高さ16mもあります。途中には落石注意の看板があり, 今まで何度も大きな天災があり, ために補修工事が必要だったのが実感できます。また, 交通量増加に伴う拡張工事もありました。 切通開削初期に比べ, 路は深く広くなっているとの事。たしかに切崖の途中の模様は, かつて, そこが路面だったかのように見えますし, やぐら群の位置も現在の路面高さから見ると不自然に高すぎます。

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やぐらは高位の身分の武士や僧侶等の墓です。 砂岩や凝灰岩の山肌に横穴を掘って作られており, 仏堂的な特徴があります。遺体は火葬後にやぐらに納められます。鎌倉は土地が狭く, 埋葬するのに十分な土地面積が不足していたのでやぐらが発達したとのこと。墓地に移行するのは後世だとの事。

 


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熊野神社: ここは鎌倉幕府の鬼門である北東に位置します。本経路は細々ながらも, 物資の流通経路でした。この流通経路から鬼が入らないようにと頼朝は, 熊野神社に勧請を既にしていました。そこに朝比奈切通という大きな経路を作ったものだから大変。強力な呪術的結界を張るため, 朝比奈切通の開削開始とほぼ同時期に社殿建立をしたとの事。

 

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磨崖仏: 摩崖仏が鎌倉方面に向けて彫ってあります。ほぼ等身大とかなりの迫力。のみの痕も深く, くっきりと見えます。紛い物ではなく本物の磨崖仏。年代は不明です。

 

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鎌倉側への下り: 土嚢程度では役立たないのか, 石階段が設けてあります。車輪のある馬車や牛車で荷物が運べるとは到底思えません。 “朝夷奈峠荷駄”と題された絵画では, 大切岸に茶屋があり, 馬に荷を積んで運ぶ図が描かれていて大変興味深いです。




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左右が山のためなのか, 鎌倉側の染み水は金沢側よりも多く, また行程も長い為か段々と水かさが増してきます。側溝を音をたてて流れるので, せせらぎの様です。このせせらぎは路の右側にあるいは左側にと進路を変えながら段々大きくなっていき, 大刀洗川と呼ばれる小川となります。



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至る所にたまあじさいが見え始めます。玉状のつぼみから花が開き切った後まで同時に見ることができます。

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出口に差しかかる: 石階段も終わった頃, 右側に草ぼうぼうの広場。会員の記憶では, ここにはかつて茶屋があり平場もあったとの事。やぐらもあったとの事なのですが手入れがなされてはいないので崩れてしまった可能性が大です。近くには朝比奈切通を一晩で作ったという伝説の朝比奈三郎の名を関した三郎の滝とその脇には石碑が建立されていました。

 





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大刀洗の水: 出口は十二所果樹園方面と十二所神社方面とに分かれます。十二所神社方面のコースを少し歩くと鎌倉五名水の一つとしてつとに有名な梶原大刀洗の水が竹筒から流れて来ています。

大刀洗川は, 滑川(ナメリガワ)に合流し, 由比が浜と材木座海岸へと流れ行きます。

 


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光触寺: トイレを借りに光触寺に寄ります。頬焼阿弥陀如来や塩嘗地蔵で有名です。近くにある大きな十二所神社はかつての神仏習合の時代, この光触寺に在ったとの事。

 



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宅間谷→巡礼古道出口: 報国寺に着いたところで, 昔は宅間谷(たくまがやつ)と呼ばれていた路を行きます。健脚な方であれば進行方向左の巡礼古道報国寺口から入っていくのが良いでしよう。ただしこの入口は非常に見つけ難く, 人が入るのを拒んでいるかの様です。自分たちは曲がらずにそのまま直進し旧華頂宮邸方面へ向かい, “せせらぎ”に沿って歩きます。 行き止まりには山道の入り口があり, 緩い上りをしばらく行くと直に巡礼古道出口に相当する尾根筋へ。

 

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浄明寺緑地: 歩いてすぐに丘陵状の非常に広々とした浄明寺緑地。逗子側出口付近の小さな水たまり。ところで浄明寺とは地名であってこのような名前のお寺はありません。浄妙寺というお寺ならばあります。

 



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鎌倉市子ども自然ふれあいの森: 関東の富士見百景での風が心地よく昼寝したくもなりますが, 近くのかまくら幼稚園の園児たちの賑やかな遊び声でそうもいきません。もうすぐ鎌倉市子ども自然ふれあいの森。更に歩き, 柵のある見晴らしの良い崖に立ち一休み。


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お猿畑の大切岸: 谷向こうの猿畑山にそそりたつ五重塔を見ます。見晴らしが良く風も心地よいです。今まで通ってきた路よりも一段低い高さにも“平場”が設けられていて, 路としても活用されています。お猿畑の大切岸の案内板の説明だと大切岸の幅は800メートルもあるとの事。ほんとかな と若干疑いあり。



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名越切通に行く前にあの五重塔を近くで見て見ます。どんなにか豪華に見えることでしよう。

 


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法性寺奥ノ院へ: 脇道の細い路を下り法性寺の墓地を脇目に進みます。大きなヘビのお出迎えの後, 少し脇に入り, 大切岸で石切を請け負っていた集団の控所とも思しき, 結構な大きさの窟を訪れます。内部壁の上方にこの集団の紋章らしきを発見。この窟の名称は何なのでしよう?

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山王権現社: 両山奥ノ院や日朗の廟所, 日蓮が隠れた窟を見た後,




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あの五重塔のある山王権現に昇ると 例の五重塔がありました。あれ, 想像していたほど大きくないぞと不思議です。







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ここから対岸のお猿畑の大切岸を俯瞰すると確かに高さは高く幅は広く, お猿畑の切岸が湾曲さえしてなかったならばもっと広く見えたはずだと実感。

 



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名越切通: 名越切通の第2切通を経て第1切通へと向かいます。大変狭い個所があるため, 長らく防御用と信じられてきました。 が, その理由も無理からぬことだと実感します。この名越切通も長らく主幹道路でした。鎌倉七口で, 切通路そのものを対象とした発掘調査は, 名越切通以外では行われてはいません。

 


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上水道配水塔: 亀が岡団地方面口から出て帰途につこうとしたところ, ふと気が付くと左側になにやら水道局の建造物。これは災害用の上水道配水塔です。地図にはこの配水塔は掲載されてはおらずGoogle Mapにも出ていません。航空写真をみると直径10メートル以上もありそうな円形構造物がくっきりと写っています。敢えて地図には載せない性格の建造物なのだと自分ながらに納得。



もともとのテーマであった“古来の主要幹線道路と水の流れとを実感”以外に, 葬送に関しても終始テーマの一つとして加えたくなる一日でした。

(文責: 紺谷(7期修了))

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