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2018年10月 1日 (月)

H30 流域プロジェクト 朝比奈切通と名越切通

実施日: 平成30913()

コース: 朝比奈切通→宅間ヶ谷→鎌倉市子ども自然ふれあいの森→名越切通

テーマ: 古来の主要幹線道路と水の流れとを実感

参加者:7名

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県道204号線から入ると右側に“かやの木”の神木のお出迎え。かやの木を見分けるコツは, 葉をつぶしてグレープフルーツの香りがすれば, それはかやの木。かやの木は碁盤や将棋盤に使われていることは有名ですが, 古来では一木彫の仏像に利用されていました。なるほど神木になる資格は十分にあります。

 


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鎌倉幕府が北条の時代となり人口増加に伴い必要物資が不足しました。ため, 当時の塩の生産地だった釜利谷や六浦との間の路を拡張整備したのがこの朝比奈切通です。鎌倉には鎌倉七口と呼称される外界との重要路が7本ありましたが, 朝比奈切通は2番目に開削されました(1242)。開削開始からわずか一年で完成させたという超突貫工事。何せ開削以来, 天災後の補修や需要拡大に応えるための拡張が施されながら1956年に県道204号線ができるまで800年近くも主要幹線道路でした。

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 小切岸: 路の南側も段々と鬱蒼としてきました。左右とも岩肌に囲まれたので風通しが悪く蒸し暑くなってきました。

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見ると, 右側は, 側溝やノミの跡が解らなくなるくらいに風化しかかった切崖, やぐら群と思しき痕跡, 夏の盛りを過ぎた植物たち, たまに聞こえるつくつくほうし。と, 両脇が高く圧迫されそうな個所を通ります。小切岸と名付けられた場所。高さ16mもあります。途中には落石注意の看板があり, 今まで何度も大きな天災があり, ために補修工事が必要だったのが実感できます。また, 交通量増加に伴う拡張工事もありました。 切通開削初期に比べ, 路は深く広くなっているとの事。たしかに切崖の途中の模様は, かつて, そこが路面だったかのように見えますし, やぐら群の位置も現在の路面高さから見ると不自然に高すぎます。

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やぐらは高位の身分の武士や僧侶等の墓です。 砂岩や凝灰岩の山肌に横穴を掘って作られており, 仏堂的な特徴があります。遺体は火葬後にやぐらに納められます。鎌倉は土地が狭く, 埋葬するのに十分な土地面積が不足していたのでやぐらが発達したとのこと。墓地に移行するのは後世だとの事。

 


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熊野神社: ここは鎌倉幕府の鬼門である北東に位置します。本経路は細々ながらも, 物資の流通経路でした。この流通経路から鬼が入らないようにと頼朝は, 熊野神社に勧請を既にしていました。そこに朝比奈切通という大きな経路を作ったものだから大変。強力な呪術的結界を張るため, 朝比奈切通の開削開始とほぼ同時期に社殿建立をしたとの事。

 

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磨崖仏: 摩崖仏が鎌倉方面に向けて彫ってあります。ほぼ等身大とかなりの迫力。のみの痕も深く, くっきりと見えます。紛い物ではなく本物の磨崖仏。年代は不明です。

 

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鎌倉側への下り: 土嚢程度では役立たないのか, 石階段が設けてあります。車輪のある馬車や牛車で荷物が運べるとは到底思えません。 “朝夷奈峠荷駄”と題された絵画では, 大切岸に茶屋があり, 馬に荷を積んで運ぶ図が描かれていて大変興味深いです。




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左右が山のためなのか, 鎌倉側の染み水は金沢側よりも多く, また行程も長い為か段々と水かさが増してきます。側溝を音をたてて流れるので, せせらぎの様です。このせせらぎは路の右側にあるいは左側にと進路を変えながら段々大きくなっていき, 大刀洗川と呼ばれる小川となります。



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至る所にたまあじさいが見え始めます。玉状のつぼみから花が開き切った後まで同時に見ることができます。

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出口に差しかかる: 石階段も終わった頃, 右側に草ぼうぼうの広場。会員の記憶では, ここにはかつて茶屋があり平場もあったとの事。やぐらもあったとの事なのですが手入れがなされてはいないので崩れてしまった可能性が大です。近くには朝比奈切通を一晩で作ったという伝説の朝比奈三郎の名を関した三郎の滝とその脇には石碑が建立されていました。

 





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大刀洗の水: 出口は十二所果樹園方面と十二所神社方面とに分かれます。十二所神社方面のコースを少し歩くと鎌倉五名水の一つとしてつとに有名な梶原大刀洗の水が竹筒から流れて来ています。

大刀洗川は, 滑川(ナメリガワ)に合流し, 由比が浜と材木座海岸へと流れ行きます。

 


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光触寺: トイレを借りに光触寺に寄ります。頬焼阿弥陀如来や塩嘗地蔵で有名です。近くにある大きな十二所神社はかつての神仏習合の時代, この光触寺に在ったとの事。

 



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宅間谷→巡礼古道出口: 報国寺に着いたところで, 昔は宅間谷(たくまがやつ)と呼ばれていた路を行きます。健脚な方であれば進行方向左の巡礼古道報国寺口から入っていくのが良いでしよう。ただしこの入口は非常に見つけ難く, 人が入るのを拒んでいるかの様です。自分たちは曲がらずにそのまま直進し旧華頂宮邸方面へ向かい, “せせらぎ”に沿って歩きます。 行き止まりには山道の入り口があり, 緩い上りをしばらく行くと直に巡礼古道出口に相当する尾根筋へ。

 

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浄明寺緑地: 歩いてすぐに丘陵状の非常に広々とした浄明寺緑地。逗子側出口付近の小さな水たまり。ところで浄明寺とは地名であってこのような名前のお寺はありません。浄妙寺というお寺ならばあります。

 



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鎌倉市子ども自然ふれあいの森: 関東の富士見百景での風が心地よく昼寝したくもなりますが, 近くのかまくら幼稚園の園児たちの賑やかな遊び声でそうもいきません。もうすぐ鎌倉市子ども自然ふれあいの森。更に歩き, 柵のある見晴らしの良い崖に立ち一休み。


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お猿畑の大切岸: 谷向こうの猿畑山にそそりたつ五重塔を見ます。見晴らしが良く風も心地よいです。今まで通ってきた路よりも一段低い高さにも“平場”が設けられていて, 路としても活用されています。お猿畑の大切岸の案内板の説明だと大切岸の幅は800メートルもあるとの事。ほんとかな と若干疑いあり。



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名越切通に行く前にあの五重塔を近くで見て見ます。どんなにか豪華に見えることでしよう。

 


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法性寺奥ノ院へ: 脇道の細い路を下り法性寺の墓地を脇目に進みます。大きなヘビのお出迎えの後, 少し脇に入り, 大切岸で石切を請け負っていた集団の控所とも思しき, 結構な大きさの窟を訪れます。内部壁の上方にこの集団の紋章らしきを発見。この窟の名称は何なのでしよう?

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山王権現社: 両山奥ノ院や日朗の廟所, 日蓮が隠れた窟を見た後,




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あの五重塔のある山王権現に昇ると 例の五重塔がありました。あれ, 想像していたほど大きくないぞと不思議です。







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ここから対岸のお猿畑の大切岸を俯瞰すると確かに高さは高く幅は広く, お猿畑の切岸が湾曲さえしてなかったならばもっと広く見えたはずだと実感。

 



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名越切通: 名越切通の第2切通を経て第1切通へと向かいます。大変狭い個所があるため, 長らく防御用と信じられてきました。 が, その理由も無理からぬことだと実感します。この名越切通も長らく主幹道路でした。鎌倉七口で, 切通路そのものを対象とした発掘調査は, 名越切通以外では行われてはいません。

 


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上水道配水塔: 亀が岡団地方面口から出て帰途につこうとしたところ, ふと気が付くと左側になにやら水道局の建造物。これは災害用の上水道配水塔です。地図にはこの配水塔は掲載されてはおらずGoogle Mapにも出ていません。航空写真をみると直径10メートル以上もありそうな円形構造物がくっきりと写っています。敢えて地図には載せない性格の建造物なのだと自分ながらに納得。



もともとのテーマであった“古来の主要幹線道路と水の流れとを実感”以外に, 葬送に関しても終始テーマの一つとして加えたくなる一日でした。

(文責: 紺谷(7期修了))

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