« H30 TEAM はまとぼむし 10月 | トップページ | H30 入門コース 第11回 「森海里連環学」 »

2018年10月13日 (土)

H30 共催 「鎌倉ハム工場と六国見山」

実施日:平成30年10月5日

会場:北鎌倉・六国見山麓・長窪切通・高野切通・鎌倉ハム工場
講師:森林インストラクター(神奈川シニア自然大学校修了生)
    久野正樹氏 大橋泰雄氏
参加者:20名 サポートスタッフ3名

Photo

日本セカンドライフ協会とのコラボイベントで、北鎌倉から旧鎌倉街道中道沿いを大船に向かい、鎌倉ハム富岡商会の工場見学をたのしみました。

P9280001Photo_2

北鎌倉の裏路地は、生垣、竹垣の鎌倉らしい風情です。

Pa050078P9280023

光照寺:時宗の開祖一遍が、鎌倉入りの際に巨福呂坂を守る武士に鎌倉入りを止められてやむを得ず行く先を江ノ島にする途中、野宿したところが現在の光照寺であると言い伝えられています。近世には周辺の小袋谷村に隠れキリシタンの集落が存在し、光照寺が庇護していたという伝承が残ります。山門の欄間には中川氏の家紋のひとつである「中川クルス紋」が掲げられています。
Pa050083P9280039

八雲神社:山之内上杉氏と扇谷上杉氏が争っている時、上杉憲房が武運長久を祈り、疫病が流行しない事を願って、京都の八坂神社を移したといわれています。神輿庫裡の後ろに、寛文5(1665)年の高さ136cmの庚申塔があり、鎌倉最古、最大のものです。

Pa050079P7270039

横須賀線の脇には、むき出しの地層が現れます。野島凝灰質砂岩シルト岩層です。ラミナ(葉理)が見られます。厚さは250mあり、上総層群に含まる180万年前の地層です。貝殻を含むものも有、海底が隆起したものと思われます。

Pa050086

長窪切通:住宅地の間に、薄暗く長く続く切通が現れます。鎌倉七口の切通以外に、物流のための作られた切通で、往来もなく往時の状況が忍ばれます。

Pa050097

高野切通:大船高校の裏道には高野切通があります。こちらも長窪切通と同様、隠れた切通です。

Pa050104_2P9280076Pa050105P7270077

常楽寺:臨済宗建長寺派で山号は粟船山(ぞくせんざん)。本尊は阿弥陀三尊。嘉禎3(1237)年の創建で開基は北条泰時、開山は退耕行勇です。朽ちた大イチョウは、泰時御手植えとも伝わります。天井には狩野雪信筆の「雲龍図」が描かれています

Pa050108

本堂の裏には、北条泰時の墓があります。
北条泰時は、鎌倉幕府第3代執権で、御成敗式目を制定しました。

Pa050112P9280082

P9280083

木曽義高(源義仲の嫡男)の墓と伝えられる塚です。1183年、挙兵した義仲は信濃国を中心に勢力を広げ、源頼朝と対立しました。その後、頼朝に義仲が討たれて、人質だった義高が誅殺されそうになり、義高の許嫁である大姫は密かに逃がそうとします。激怒した頼朝は親家の郎党・藤内光澄に討たせました。義高の死を知った大姫は嘆き悲しみ病床に伏してしまい、母の政子は怒り、義高を討った光澄は晒し首にされました。

Pa050114Pa050117

Photo_3

最後は、鎌倉ハム富岡商会の工場見学です。
駅弁で有名な大船軒のサンドイッチ弁当が始まりです。明治32年(1899年)に売り出され、大評判となりハム不足を解消するために、ハム部門を社内立ち上げます。それが鎌倉ハム富岡商会へと発展していきます。
鎌倉ハム富岡商会の歴史や製造行程をスタッフに説明していただきました。昼食は、もちろん大船軒のサンドイッチ弁当をいただきました。 (檀野)


« H30 TEAM はまとぼむし 10月 | トップページ | H30 入門コース 第11回 「森海里連環学」 »

b.公開講座」カテゴリの記事

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ